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雨上がりのBlue.
(村棋沙仁様より/文)

その名前を知っている。
『まえばら けいいち』
うわ言のように何度も呟く。それはまるで、呪文。
一文字一文字が繋がって、一個体を造り上げてゆく。

声に出す度に胸の奥がじわじわと温かくなって、目頭が熱を帯びた。
おそろしい程の既視感。その名が響く度に、ぞくぞくと身体が震えた。

きっと、この名前なのだ。
あの明朗な声だ。勇気のある掌に、いざと言う時頼りになる背中、それからそれから、
ああ、きっと彼を知っていた。

待っていたのだ。この地は、この身は前原圭一を、ずっと。













「……圭、ちゃん、」


夜更けに目が覚めた。
何処からともなく騒ぎ出すフクロウの鳴き声。真っ暗な部屋の中、視線が定まらない。
それでも、頬を何かが伝うのだけ、はっきりとしていた。

褥が僅かに濡れていたのは怖い夢を見て泣いたからではなく。
ただ、嬉しかった。

自然と口を吐いて出た名前は、暗闇の中で何度も繰り返していたあの、勇気の出る呪文。
名ひとつ唱えるだけで、不安がとけてゆく。大丈夫、まだ、歩いてゆける。
この場所は未だ、
消えはしない。


「魅音…?どうした」
「…え、あ、あー、な、なな、何でもないよ、何でも!」
「ちょ、お前、落着け!みんなまだ寝てんだぞ」


奇妙なゆめを見たものだ。再生される来世だ何て。

そうだ。みんな此所に居るじゃないか。
夜までドタバタと騒いで、疲れてぐっすりと眠っている。
今日は詩音や沙都子、悟史を含めた部活メンバーが皆、枕を揃えて園崎家に泊まったのだ。遅れて脳の奥がはっきり目覚める。どうにも寝惚けていたらしい。


「なあ、魅音…泣いてたのか」


暗闇を辿って近く迄やって来た、圭一の体温がひどく近い。
ぼんやりと見えて来た視界から指先が伸びて来て、ふわりと涙を掬った。


「ちょ、圭ちゃん…!」


それだけでも、驚いていたのに。
更に、ぎゅっと胸に顔を押し付けるように抱かれて、声がくぐもる。
何が起こっているのか魅音には理解出来なかった。


「おー、よしよし。もう大丈夫だ。怖くねぇぞ。俺も居るし、みんな居るだろ」


それは多分、激しい誤解だ。
母親が泣きじゃくる子供をあやすように、頭を撫でるやさしい掌。
こわいゆめを見て起きたのだと、恐らく圭一は思っている。
密着度があまりに高くて体温は急上昇。頭がくらくらし始めて、魅音は否定所ではなくなって終った。
そんな事よりもその手があまりに心地良くて、もう少しだけ、そのまま居て欲しいとも思う。

朝が来たら、きっと、その名前はもっと特別になる。
悪を貫く剣のような、あたたかい、彼の姓名。


「圭ちゃん、ありがと」


安堵の中に再び眠りに落ちてゆく。
ぽんぽん、と背中を撫でる手が何時までも温かくて、他の全員が起きていた事にも魅音は気が付かなかった。




限り無い力が、今、僕らを照らす勇気に成る。










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211112.村棋沙仁



管理人より